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あれもこれも、は結局なにも

#08

日本を代表するとある車の開発には、こんな話があります。
もともと世界を代表するスポーツカーの開発構想のため、選りすぐりのエンジニアが集められ、洗練に洗練を重ねた美しいマシンが出来上がろうとしていました。ところが完成直前、上層部たちが口を出し始めます。「ゴルフバッグが積めないじゃないか」「家族4人で乗れないと困る」。次々に要望が足されていき、何とも中途半端なものになってしまい、結局プロジェクト自体が頓挫してしまったのです。

この話、ホームページ制作にも似たところがあります。要望が出ること自体はとても自然なことです。むしろ設計段階では、「誰に」「何を伝えたいのか」を考えるために、さまざまな声を丁寧に拾い上げることが欠かせません。ただ、そのまま全部を盛り込もうとすると、どうしても方向がぼやけてしまいます。結果として「結局、誰に何を伝えるホームページなのか」が見えづらくなってしまうのです。

もちろん「みんなに来てほしい」という気持ちはわかります。ターゲットを狭めるのは勇気がいる。けれど、誰にでも届く言葉は、誰の心にも刺さらないのです。逆に、「これは私に向けたものだ」と感じてもらえれば強い共感が生まれるし、「自分向けじゃないな」と思われても、それはそれで正解です。ズレた期待を事前に回避できるのだから、結局はお互いにハッピーになれるのです。

たとえ門戸が狭まったように見えても、その先には熱心な共感者が生まれる。むしろ“誰のためにあるのか”をはっきりさせることで、ファンは濃くなるのです。

「尖ってなくちゃ刺さらない」──どこかのキャッチコピーを借りれば、その一言に尽きます。あれもこれもを詰め込むと、結局なにも残らない。むしろ削り込むことで見えてくる本質こそが、ブランドを形づくります。

ブランドの姿勢は「選択」と「集中」によって磨かれます。あれもこれもを欲張るより、「これだけは譲れない」という一本の芯を持つこと。デザインとは、その芯をかたちにするための道具にすぎません。

AI TAKASHIMA
KEIRO NISHI